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社長の表現力についての検証

トーサンは農地に出勤する際、必ず水筒に熱いお茶を淹れて持っていく。
寒い農地で暖をとる為だ。
毎日持って行くものなので、何種類かのフレバーティーを用意している。
「今日は何ティーにしようかな♪」とお茶を選ぶのがトーサンのささやかな
楽しみになっている。

今朝は「どうしようかな。ミキティーにしようかな♪」と
珍しく時事ネタを織り交ぜていた。

トーサンの言う言葉なんてそんなもんさ。

そんな事はどうでもいいのだが、
最近の社長の言葉の中になかなか的確で面白いと思う表現があった。
備忘録としてここに記しておきたい。



● 社長の比喩表現 その1

最近の札幌・石狩地方は降るとどか雪、そして次の日からは気温が上がり
積もった雪が解けだして、道路はざくざく、しまいにはざぶざぶになる、
と、そんな気候が繰り返されている。
車で移動する時など、解けた雪が撥ねてフロントガラスを汚し視界不良になる事もしばしばだ。

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そんなフロントガラスを見た社長は
「シールはがして失敗したみたいだ」と表現。
ほほう。サスガだ。そんな比喩は思いつかなかった。



● 社長の比喩表現 その2

社長とCDショップの前を通りかかった。
社長が何気なくショップの中を見て突然驚愕の声を上げた。
「わ――――――っ!母ちゃん、あの人、顔が ふりかけ になってるよ!?」
何事だと思って社長が指し示す方向を見ると、
エミネムのアルバム「REFILL」のポスターが貼ってあった。

20100130_2.jpg




● 社長の形態模写 

社長がひとり遊びをしている。
自分でいろいろ遊びを開発するので、見ていて面白い。
今回はカメレオンになりきって、餌を獲るというもの。
餌に見立てたおもちゃの椅子を倒すと良い、というルールらしい。

20100130.jpg

残念ながら被り物はカエルしかなく、代用したようだ。
が、動きはカメレオン的に緩慢且つ敏速。見事に特徴を捉えていた。

特徴のある舌は、あの、なんていうヤツなのだ?
「ぴゅーっ ぱくるるる!」ってするヤツ。
あれを使っている。

ああ、カーサンの表現はなんて貧弱なのだ!
出直してきます。
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社長、無邪気な一面

ある日の晩である。

テレビで最近の婚活事情に関するニュースを放送していた。
それを見た社長
「『婚活』って、結婚活動の事だよ」
トーサン
「えっ!食べ物だと思ってた!!」

カツですか。揚物系ですよね。

どっちが何歳だ。という話だ。

先日も、これまたテレビで小沢さんの裏金疑惑のニュースを放送していた。
画面では疑惑を打ち消そうとする人が、もしくは疑惑を暴こうとする人が
記者の質問に答えている。
社長はそれを見て
「言葉は『です、ます口調』で丁寧だけど、心は邪悪なんだ」
とばっさり切り捨てていた。

何かあったのか?と心配にすらなる。

社長は1人っ子で大人の中で育ってしまった事もあるからか、
言う事が子供らしくない事がよくある。
おませさん、という可愛いものではなく「老成」している感じなのだ。
私のせいなのだ。私は社長幼少時も「ぶうぶ、わんわん」などの幼児語を使わずに
「車、犬」と大人と同じ会話を強いてきてしまった。

なので、私は社長の中の「無邪気な部分」に敏感だ。
子供らしい一面を見てホッとしたいのだ。








社長と会話していて「○○ってなあに?」と訊かれる事がよくある。
即答出来る時はいいが、自分でも「それってなんだろ?」と思う事がある。
そういう時はすかさずネットで調べるのだが、そのせいもあってか
パソコンやインターネットと言うものは社長にとっても頻繁に使用する身近なものになっている。
私の小学生時代とはエライ違いだ、と思う。

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「わたくしもパソコン作ろ~♪」と自作PCを組み立てた社長。
タッチタイピングもさまになっておる。


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まだ検索途中のモニターには「ブラウザの枠」しか表示されていない。
が、向こう側に「検索結果のモニター画面」が用意されている。


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何を調べていたのかと思ったら、今はまりにはまっている「ほねほねザウルス」だったようだ。
「ほねー、ほね?ほね!!」
「ほうとくのぎもん」
「ひみつきちの3、4がない」(←廃盤商品なので店頭にない「秘密基地」を探しているのだ)

キーボードは あいうえお、かきくけこ… と、
左からの縦書きで並んでいる。不思議な並びである。

こういう事を大真面目にやっている姿の無邪気な事よ。
良かった。普通の子供だよ。
これからもいろいろあるだろうが、真っ直ぐに育てよ。

小さな神様

小さな頃からカーサンは、一度好きだと思ったらはまり込む癖があった。
本に関してもそうで、「しずくのぼうけん」や「フライパンじいさん」、「ぼくは王さま」などは、
繰り返し何度も何度も読んだ。
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大人になった今でもその癖はそのままで、
いろんな本を読んでは見るが、やはり好きな本に結局は戻ってきてしまう。
最近の作家さんの作品は「巧い!」と唸りはするのだが、心を鷲掴みにされるような作品は少なく、
作品の世界にはまり込んで感情を打ち震わせたい!と渇望すると、
どうしても「確実に心を鷲掴みにする」作品に戻るのだ。

そんな本のひとつは遠藤周作氏の「沈黙」である。
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出会いは、高校時代の模擬試験だったように記憶する。
現代文の問題に引用されていたのだ。

「沈黙」は切支丹禁制時代の日本に乗り込んだポルトガル人司祭のロドリゴが、
救うべき日本人信徒達の拷問や殉教に接し、苦悩し棄教するまでを書いた作品だ。
設問に引用されていた部分は、ロドリゴがまさに踏み絵を踏む棄教の瞬間なのだが、
試験中であるにもかかわらず、この引用文は私の心を衝いた。
不勉強である私には、キリスト教とは神が絶対的な強い「父的なもの」として
信仰の対象となっており、わりと排他的な印象があって馴染めないものだった。
しかし「沈黙」の中では、イエスは弱者に寄り添い共に苦しむ存在として描かれている。
作者の遠藤周作氏自身が、自分の意思とは関係なく受洗しカトリック信者となったが、
その教えに違和感を抱き、長きに渡り苦しんだ経験を持っていて、
最終的には「寄り添う母のようなもの」という解釈を通して信仰を受け入れるに至った経緯がある。

この「弱者を見捨てない」イエスの愛の解釈は、信仰を持たない私にとっても受け入れやすく、
人生の哲学として私の心の中にある。

踏み絵の中の「あの人(イエス)」は苦しむロドリゴに「踏むがいい」と促す。
弱いもの、醜いものにも手を差し伸べ傍に寄り添う。
自分を見捨てないでいてくれるものの中に、人は安らぎを覚えるのだろう。

これが普通は、親の「子に対する愛情」と同じだと思われるのかもしれない。
しかし、子の「親に対する愛情」の方が深く寛大だ、と常々感じている。
子は親を見捨てはしない。
社長の中に小さな神様を見出す事が出来る。

感情的になってカーサンが社長を理不尽に厳しく叱りつけてしまった時。
後から自責の念に苛まれ社長に「申し訳なかった」と謝罪する時、
社長は
「いいんだよ。大丈夫大丈夫。怒るきっかけを作ったのはわたくしなのだから。」
と小さな手でカーサンの背中をさすり、頬を寄せてくる。
社長はカーサンにとっての「踏み絵の中のあの人」になっている。









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トーサンにとっても同じである。
自称「キリスト」であるトーサンも爺臭く泥臭く、垢抜けない「弱者」である。
トーサンには鶏の「コケコッコー!」がWエンジンの「惚れてまうやろー!!」に聞こえてくるらしい。
大丈夫か。病んでいるのか。

そのトーサンにも寄り添い手を差し伸べる社長がいる。
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ほっかむりしたトーサンを見て「わたくしも~!!」と自らほっかむり。
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なんと嬉しそうなトーサンであることか。


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「父ちゃん、大好き~~!!」

苛酷な環境の中での労働がトーサンの毎日の全てだ。
これ以上の「救い」があるだろうか。
信仰を持たない我が家であるが、小さな神様は身近にいるのだった。

Appendix

こんな私ですが。

ノーザンカーサン

Author:ノーザンカーサン
イチローが大リーグに行くとほぼ同時に北海道石狩市で新規就農したキリスト(旦那)と共に、悪戦苦闘してきました。イチローがヤンキースに移籍すると時を同じく平飼い・有精卵「イコロラン」の生産を始め、農地で鶏の世話をしております。ここまでイチローイチロー言ってますが、ファンという訳ではありません。
   

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